1月17日(木)晴れ
        「冬はつとめ」ではなく「冬は昼」です
今朝も冷え込み、霜が降りました。イメージ 1
雪国と比べると当地は格段に暖かいはずです。
それで「寒い寒い」は言うまいと決心しましたが、やっぱり寒いです。
寒くて寒くて、6時に布団から離れることができません。
そんなわけで、このところラジオ体操さぼっています。
やっと7時に勇気をだして起きます。
この頃、清少納言は「枕草子」で、なぜ「冬はつとめて」なんて言ったのだろうと、不思議に思えてなりません。
京都の冬は厳しいと聞いています。
それなのに、なぜ?
 
イメージ 2冬はつとめて。
雪の降りたるはいふべきにもあらず。
霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるもいとつきづきし。
昼になりて、ぬるくゆるびもて行けば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし。
                      「枕草子」
(現代語訳) 
冬は早朝。
雪が降ったのは言うまでもない。
霜がたいそう白いのも、またそうでなくても、とても寒い朝に、火などを急いでおこして、炭を持ち運ぶのも冬の朝に似つかわしい。
昼になり、寒さがだんだんゆるんでいくと、火桶の炭も白い灰が目立ってきて感じ悪い。
 
私は「冬は昼」ですね。
冬は昼。
陽のさしたるは、いうべきにあらず。
暖かき日に、網代の浜をカメラ片手に、カモメの群れを撮るのは、いとおかし。
風が止み、凪ぎた海など眺めながら、ぶらぶら歩くのは、はたいうべきにあらず。
 
今、昼の散歩から帰ってきました。(午後1時20分)
風もなく暖かい日和です。
網代湾の渚を端から端まで歩きました。(約5000歩)
「冬はつとめて」ではなく、私はやっぱり「冬は昼」です。