じいさん晴耕雨読

じいさんの戯言を記録しています。

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「結果がすべて」、「悔いのない生活を」
8月10日(水)晴れ
リオオリンピック、日本メダルラッシュです。
・体操男子逆転の金
・柔道大野待望の金
新聞の大きな見出しが躍っています。
テレビも一日中、メダリストの活躍を何度も何度も放映しています。
満面の笑顔、歓喜の涙・・・指導者、家族の喜びの顔。
そして、幼い日の練習や類い希な運動神経の良さや作文を放映します。
見ているオッサンも嬉しくなり、何度も見てしまいます。
その度に、「凄いなあー。この練習、この根性、この集中力・・・」。
やはり、選ばれし者達の祭典です。
「うれし涙」を流す選手がいると言うことは、「悔し涙」を流した選手もたくさんいるのだろう・・・。
選手の笑顔とうれし涙を見ていると、そんな敗れた選手達への思いが脳裏を過ぎりました。
 
今朝の朝日新聞に「中日・谷繁監督休養  成績不振受け事実上解任」の見出し。
球団社長の「結果がすべて。監督に一定のけじめをつけてもらうべく休養をお願いした」。
「結果がすべて」・・・ウウウ・・・。
プロスポーツは厳しい。
いや、社会も・・・職場も・・・全てが「結果がすべて」かも。
オリンピック、「結果がすべて」の代表的な世界ですねえー。
「悔いのないプロ野球選手生活を送って欲しい。・・・今の自分のように悔いのないように」。
残されたオッサンの人生にダブらせながら読みました。

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10月10日(金)晴れ
東京オリンピック開会式から今日で50年
今度の月曜日10月13日は体育の日。
でも、私の体育の日は10月10日です。
今から50年前の1964年、東京オリンピック開会式でした。
中学生でした。
テレビ見ました。
レスリング、体操、柔道、バレー、重量挙げ・・・等の日本人活躍に声援を送りました。
特にマラソンは興奮しました。
この国立競技場でのデッドヒートは鮮明に心に残っています。
ローマオリンピックで裸足で走って金メダルをとったアベベ選手が金メダル。
円谷選手が2位で国立競技場に入ってきました。
「頑張れ、がんばれ・・・後ろにヒートリーが・・・がんばれ」
自分が走っているかのように、正に手に汗して声援を送りました。
しかし、ゴールを目の前にして抜かれてしまいました。
銅メダル、ため息と共に、大きな拍手をおくりました。
その後、体育や部活動での走る場面では
「イギリスのヒートリー選手円谷選手を抜きました・・・」
「円谷頑張れ・・・円谷頑張れ・・・」
こんな実況をしながらグランドを走ったものでした。
郷土福島の英雄、円谷選手でした。
東京オリンピック開会式は10月10日。
テレビに映し出されたあの青空も目に浮かびます。
半世紀が経ちました。
あれから50年・・・月日が経ったのですか。
色々なことがよみがえってきます。
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        2月13日(木)曇り
              「吾(わ)れ復(ま)た14歳あらん」、今日気がつきました
今朝の新聞はオリンピック銀メダリストの渡部暁選手が第1面を飾り、社会面もスポーツ面も銀メダル一色です。
そして、もう一つの話題です。
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誰もがメダル確実と思っていた高梨沙羅選手4位でした。
「まだ14歳。次があるさ、落胆せずに次がんばって」と言いたいです。
そんな思いは私だけではないようです。
今朝の天声人語にそのことが書かれていました。
でも、私の思いとはだいぶ違っていました。
「吾(わ)れ復(ま)た14歳あらん」(私の14歳は2度とない)。
ああ、こんな風に考える人もいるんですねえ。
こんな風に考える人って、時間を大事に、有意義に使うにちがいありません。
濃厚で豊かな人生にちがいありません。
「若いときに、この言葉に出会っていたらなあー」なんて、怠惰な人生を反省しています。
一方、われまだ人生の途中。
言葉を借りて、「吾れ復た○○歳あらん」(○○歳はもう2度とない)。
今日という日を大事に過ごすこと決めました。
社会面には「沙羅きょうがスタート」という見出しでオリンピック、スポーツの厳しさ、人生への挑戦が載っていました。
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高梨選手、インタビューでの受け答え、スゴイですねえ。
学業成績もすごく良いらしい、どんな教育を受けてきたのでしょうか。
週刊誌やマスコミで取りあげるのを楽しみにしています。
高梨選手、ほんとうにお疲れさんでした。
これから、まだ大会が続くのでしょう。
活躍をご祈念申し上げます。
大勢の人に勇気と希望を与えてください。
「吾(わ)れ復(ま)た14歳あらん」(私の14歳は2度とない)。
そうなんですよねえ。
こんなあたりまえのことに、還暦を過ぎて気がつきました。

          12月24日(火)晴れ
        フィギュア五輪選考会:スポーツ世界は過酷・残酷
フィギュア五輪代表最終選考会を兼ねた全日本選手権が終わりました。
テレビも新聞も連日大々的に報道したので、興味を持って見ました。
前回オリンピック代表の男子髙橋大輔選手(27)安藤美姫(26)小塚崇彦(24)の選考結果をテレビも新聞も大きくとりあげていました。
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五輪代表は各3人。
髙橋選手は足の故障も完治せず5位。
しかし世界ランキングなども考慮され五輪代表に。
「五輪は昨日までは自分の中で絶望していた。・・・五輪では今までのような生ぬるい自分ではなく、追い込んで追い込んで、日本代表として恥ずかしくない演技をしたい」のコメント。
また安藤選手は7位に終わり、五輪代表になれませんでした。
「逃げてきれいに終わるのではなく、最後は挑戦して、自分らしく終わりたかった」
「結果がどうであれ、諦めずにやることに意味がある」
「26年間生きてきて、一番幸せだと思えたのは、スケートに出会えたこと。胸をはってやって来たと言える。長女が大きくなった時、自分の歩んできた道を、スケートのすばらしさを、自信を持って伝えられると思う」
と涙のコメント。
一方、男子3位の小塚選手は選ばれませんでした。
新聞に次のように掲載されていました。
「連盟が決めたことには従うしかない。僕ら選手は連盟の下にいるので。色々と思うところはありますが、ここで話すことはありません」目を真っ赤に腫らして会場を後にした。
選手は会場の控室に集まり、連盟から選考結果を発表された。小塚は補欠の1番手。連盟幹部には「もう少し早く仕上がっていたらね」と説明されたという。シーズン序盤のGPシリーズでの不調が響いたもようだ。代わって代表入りした高橋には「頑張ってくれ」と声をかけた。「『頑張ってくるから』と力強い言葉で言っていたので、全力で応援します」
3人の心の内を思うと、スポーツの世界って過酷・残酷。
厳しいですねえ。
この日のために多くのことを犠牲にして、練習してきたのでしょうに。
3人のコメントに感動しました。
いつものことながら、やはり一流選手はスゴイと思います。
男子代表の羽生結弦選手(19)女子代表村上佳菜子選手(19)は10代。初初しいですね。
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        9月17日(月)イメージ 1
   御宿海岸で「オーシャンスイムレース」
先日9月15日(土)に御宿海岸で「オーシャンスイムレース」がありました。
第6回目だそうです。会場のすぐそばに住んでいながら、こういう行事が行われていたことも初めて知りました。散歩のついでに見てきました。
「オーシャンスイムレース(大きな海の水泳競技会)」名前のとおりでした。
網代湾の砂浜を沖に向かって一直線に泳ぎ、途中で浜に沿って平行に泳ぎ、折り返し、最後また浜に向かって一直線に泳ぐそうです。
「距離はどのくらいなんですか?」
「3,84。やく4キロです」
ええ、4キロ?
歩くのでさえ1時間かかるのに、それを泳ぐというではありませんんか。
波もあります。イメージ 2
なんて過酷なレースを。イメージ 3
ゴールする選手は浜にたどりつくと、這いつくばって寝ころんでしまうのではと思っていました。
いやいや、予想は大はずれ。
笑顔、笑顔・・・
「泳ぎ切ったよー」とばかりにピースをしながらゴールする人。
途中の応援している人とハイタッチする人・・・。
笑顔満面です。苦しそうな表情なんかありません。
 
若い人が多いのかと思ったら、結構年配もいるではありませんか。
鍛えたスリムの人もいるが、メタボで腹のポッコリでた中年のおじさんおあばさんも参加しているではありませんか。
ゴールした時の顔はみな輝いています。
先日のライフセーブの若者と同じように輝き、達成感に満ちています。イメージ 4
男女二人のアナウンサーによる実況中継も海岸に流れます。
「もう少しでゴール。がんばって・・・」の声援が選手を後押ししているのでしょう。
 
みんな目標を見つけ、目標に向かって頑張っているナー。
砂浜をかけてみました。
足がとられ、思うように進みません。
息が切れます。
すぐにまた歩きました。

 

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