じいさん晴耕雨読

じいさんの戯言を記録しています。

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  4月26日(土)晴れ
  何と覚えが悪いのだ
旧型のウインドウズxpがウイルスに感染しやすいというので、パソコンを新しくしました。
機械に弱いので、新しいパソコンの購入から操作の仕方まで、全てお師匠さんにおまかせです。
パソコン購入は家電量販店と決めていたら、安価で買うのにはパソコン通販、と通販で購入しました。
買う時は、目が悪くなってきたので15インチ画面と思っていたら、「これからはタブレット型だ」とタブレット型の小型にしました。
確かに、旅先で文章を書いたり、ブログの更新もできそうです。
ただ大きな画面に慣れてきた者にとっては、少し小さくて見にくいです。
でも、使っているうちに慣れて来るでしょう。
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お師匠さんの講義は一度説明すると、理解できると思っているようで、同じことを質問すると「説明したでしょう。自分であれこれやってみたら?」と、冷たい講義です。
あれこれやっても上手くいきません。
時々フリーズします。
「ホントわからないの、こんなことが」と、イライラしているお師匠さんです。
その度に、理解力が無いのを実感します。
そして若者の脳の柔軟さを痛感します。
午前中はパソコンとにらめっこ。
お師匠さんは明日お帰りです。
今日中に一通り操作を覚えなければなりません。
「操作マニュアルはこの画面を見ればいいから」と言いますが、読んでも理解できません。
ちなみにお師匠さんは我が娘です。
 
 

      1月21日(月)晴れ
     町の天然記念物「大ソテツ」を見てきました
昨日から大寒。どうしたことか、暖かい。イメージ 1
車で茂原まで行ってきたが、車の中はポカポカ陽気。
すれちがう車も、窓の上部を開けて外の空気を入れている車が多い。
部屋の中は15度。
この陽気も夕方からくずれ、関東地方は雪、雨になるという予報だが午後4時を過ぎても、雲一つなく、日が出て暖かい。
日昼の散歩は、15分も歩いたら背中に汗をかいている。
散歩の途中、町の天然記念物に指定される大ソテツを見てきた。
案内板に次のように記されていた。
 
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この蘇鉄は樹高5.2m、大主幹8本、株囲6.2m、本樹沿革は大正13年(1924)旧町役場新築と同時に浜区鶴岡佐太郎氏庭園にあったものを町で買収し、大野丈助氏によって移転、移植作業をしたものである。以来、半世紀の間、御宿町役場の象徴的存在だったのである。
樹齢は記されていないが、確かに大きい。
根元に近づくと圧倒される。
案内板にある「大野丈助」という人は、現在の外房線の前身、房総鉄道の経営に深く関わった人らしい、ということは聞いたことがあるが他は知らない。
すごい功績を残した、隣のいすみ市の人。
 
大野 丈助 (おおのじょうすけ) 
出身地 : いすみ市大原(夷隅郡大原町釈迦谷)
1848年(嘉永元年)5月生まれ。 
1891年頃(明治24年)大野組が千葉⇔稲毛間線路敷設工事を請け負い、ついで、房総鉄道会社の蘇我⇔大網間の一部を請負い、途中土気トンネルの難工事も大野氏の実地測量で大成功をおさめ、一宮⇒大原へと延長した。
大原までの延長には、株主の中に反対者もいたが大野氏の増資負担によって延長工事を完成させた。                                                   「長生・夷隅の歴史」 より
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もう一人の「鶴岡佐太郎」はわからない。
町史を開いてみたがわからない。
今度、浜区の鶴岡さんに聞いてみよう。
ひょっとして、鶴岡さんの祖先や親戚だったりしたりしたり?
「ソテツ」って、昔、どんな存在だったのだろう。
暖かい当地の気温に適した植物で、昔はよく栽培されたのだろうか。
多くの家庭の庭で見かける。
それも、旧家に。
珍しい高価な植物のシンボルだったのだろうか。
 

   12月2日(日)晴れイメージ 1
     今季初霜、ストーブを点けました
寒い朝です。
寝床から離れるのがつらくなりました。
外に出ると、昨日ギョウジャニンニクの苗を植えた畑にうっすらと霜がおりています。
今季初めての霜です。
車のフロントガラスも凍っています。
空には西に傾きかけた昨夜の月が留まっています。
暦を見ると昨夜は十八夜。
今月は十五夜に気がつきませんでした。
天気が悪かったせいか、寒くなって外に出る機会が少なかったからでしょう。
 
イメージ 2体操が終わって、歩き始めると耳たぶが痛いです。
「○○さん、手袋しないで、寒くないですか?」
「寒いですよ。でも、今から防寒し過ぎると冬を乗り越えられませんから」
「ええ、そこまで考えているんですか。・・・僕なんか今日の寒さしか考えていませんよ・・・」
その場しのぎではなく、見通しを持って生活するとはこういうことなんですね、スゴイ。
 
帰宅して部屋の温度計をみると10度。イメージ 3
もっと寒いはずだが?
外に温度計を出し30分後に見ると5度。
北国では氷点下だというのに、この気温が寒いなんて言うのは贅沢です。非国民ですネ。
でも、家族中「今朝は寒い、寒い」の連発です。
居間の石油ストーブを今季初めて点けました。
 
太陽が昇って、窓越しに陽がさしています。
温かく気持ちいいです。
そんな部屋でこうしてブログを綴っています。
 
 

         4月17日(火)曇りイメージ 1
            遊月橋
冬の間サボりがちだったラジオ体操も苦にならなくなった。
日の出が早くなったせいか、目覚めも早くラジオ体操が楽しみだ。
今朝も6時20分に月の沙漠記念館広場へ。
毎朝見ているのだが、今朝は大発見する。
「あれ、遊月橋ってどれですか?」
「さあ」
「ここで橋と言ったらあの橋でしょうね」
広場の黒御影石に「遊月橋 昭和63年」と彫られている。
意識していなければ見ていても観てはいないのだなあ。
改めて「見る」と「観る」の違いを意識する。
私より年配の御宿生まれ御宿育ちNさんにたずねた。
「あの橋、遊月橋というのですか」
「ええ、ユウヅキバシ?初めて聞きました」
「Nさん、何とよんでいました」
「小さいときはイッポンバシと言っていたな。昔は木の一本橋だったもん」
「そう言えば木の橋の写真、見たことあるよイメージ 2なあー」
 
今日は一日、「遊月橋」が気になった。
写真の木の橋は「月の沙漠記念館」前の橋ではないという。
昔の写真の橋は現在の「地引橋」だという。
「あの記念館前の橋はなかったよ。あれは海岸道路ができてから作られたものだよ」という。
さらにつづく、「あそこあたりは砂丘だったよ。いくえにも砂の山があったよ」。

ますます気になる。
「砂丘橋」っていう橋の名が浮かんできた。
「砂丘橋、砂丘橋・・・」どこで聞いたっけ、読んだっけ・・・考えた。
・・・そうだ、真木順子さんの「御宿のうイメージ 3た・・・砂丘橋」だ。
さっそく印刷物を引っ張り出す。
     御宿のうた・・・月の沙漠
                        作詞・作曲 真木順子
1 砂丘橋 はるか沖 船の灯りがポツリ
  ただじっと 見つめていた 何も言えなくて
  想い出の町だよ 御宿は
  月の沙漠の町 御宿は
                    (2番から5番省略)
それぞれ年代により、想い出により、ここの橋は名前を変えてきたのだろうか。
「遊月橋」、なんて美しい名前の橋だ。今日は大発見した。
 
 
 
 

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