じいさん晴耕雨読

じいさんの戯言を記録しています。

タグ:詩

「神様が見ているよ」
9月2日(土)曇りのち雨
午後から雨が降ったり止んだり。
台風が近づいているからでしょうか。
このところ毎日午後4時から5時まで畑の草取りが日課です。
でも今日は雨。
「晴耕雨読」、なんとなく雨の日は読書したり思索したりするのにふさわしい時間です。
そんなわけで、新聞に投稿する詩など考えました。
このようにブログで思索なんて広言しては、もう思索ではなくなっているようです。
作為的な思索はいけません。
時間だけが過ぎ、やはり、書けませんでした。
 
先日、地方紙に詩が載りました。
「だめだ、載らない」とあきらめていたので、嬉しかった。
どんな内容だったか、すっかり忘れていました。
以前、地域の教育紙に書いたエッセイを詩にしたものです。
民話は子どもの教育に大事だよ、と言いたかったのです。
民話は現在自分のライフワークとなっているので、強引に結びつけたようになりました。

会津の山奥で生まれ育ちました。
テレビもなかった時代です。
祖父母や父母の語る民話が楽しみでした。
正直者、心優しい者、一生懸命働く者が得する民話の世界。
いいですねえー。
単純明快で、いいですねえー。
「神様が見ているよ」、六十路の現在も信じています。


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「雨降りお月さん」を口ずさむ
6月9日(木)雨
朝から雨です。
シトシト雨です。
車で隣街K市に行きました。
雨の日は「雨降りお月さん」のメロデーが浮かんできます。
そしていつものように口ずさんでいました。


♪ 雨降りお月さん 雲の蔭
   お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
   ひとりで傘 さしてゆく
   傘ないときゃ 誰とゆく
   シャラシャラ シャンシャン 鈴付けた

   お馬にゆられて 濡れてゆく


「さびしい曲だねえー、お嫁さんに行くのに一人で・・・からかさもないの・・・。昔は馬
でお嫁入りしたんかねえー・・・」
助手席の人が不思議そうに言いました。
そこで、いつものように定年おっさんはウンチクをたれます。
「この歌はねえー、野口雨情が作詞してねえー・・・。昔、奉公に行った貧しい村娘が
ねえー・・・」と話しだすと。
「いいよ、いいよ・・・その後は」と拒否されてしまいました。
そうです、定年おっさんはいつも、適当に想像で話を作ってしまうのです。
また、定年おっさんの創作したウソ話と察したのです。

♪雨降りお月さん 雲の蔭
 
お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
 ひとりで傘 さしてゆく
 傘ないときゃ 誰とゆく
 シャラシャラ シャンシャン 鈴付けた

 お馬にゆられて 濡れてゆく


雨降ってりゃー、お月さん雲の蔭に隠れて当たり前でしょう。
お嫁に行くというのに、誰も付いていかずに、一人で傘さして行くの。
傘がないときは、馬に乗って濡れて行くの?
口ずさみながら自問していました。
ホント不思議な歌?
いつも、何とも思わないのに。
帰って、ネットで調べました。
野口雨情(本名:英吉)は、明治15年(1882年)529日茨城県多賀郡磯原村(現在の北茨城市磯原町)に長男として生まれました。家は代々水戸藩の薪炭奉行を勤め、廻船問屋を営める、世にいう名門でした。写真は雨情の生家で、茨城県文化財に指定されています。

磯原尋常高等小学校を卒業すると、15歳で上京し、東京教学院中学、順天中学、東京専門学校高等科文学科(早稲田大学文学部)に通学しますが、明治35517日の20歳のときに東京専門学校を中退し、詩を雑誌に投稿し始めました。しかし父の死去により、磯原に呼び戻され、明治37129日野口家の戸主となりました。22歳の時でした。
磯原に帰り家督を継承すると、父が生きている頃から話題に上がっていた花嫁の候補者高塩ヒロと22歳の秋に式を挙げました。その時に出来た歌が、「雨降りお月さん」です。

雨情夫人ヒロの興入れの日は朝から雨が降っていました。当時この地方のしきたりでは、花嫁は馬に乗って婚家に嫁ぎ、花婿や村人たちは家の前で行列を迎えました。ヒロもしきたりに従って、馬に乗って野口家に嫁ぎました。ヒロは栃木県塩谷郡喜連川から雨の中を、馬で2日もかかって来たということです
迎えた雨情は、白無垢姿の花嫁の濡れた綿帽子を心優しくはずしました。これが2人の初めての対面でした。新しい生活への希望に満ちて、凛として馬に乗って嫁いできたお嫁さんに対し、雨のなか遠い道のりを濡れながらやってきたことをねぎらって歌っています。


うーん、まだ良くわからない。

 

今日から立冬
11月8日(日)雨

心配だった雨も朝のうちは降らず、ラジオ体操に行きました。
「今朝は暖かいですね」
と、体操の途中でジャンバーを脱ぐ人も。
9時過ぎから雨になり、午後から寒くなってきました。
寒いはずです、今日は立冬でした。
11月23日は小雪・・・冬に近づいています。
「80歳、傘寿になりましたよ。アッという間の80年でしたよ。こうして毎朝体操でき、皆さんと話ができることが健康の元ですよ」
「おめでとうございます。次は88歳、米寿ですね」
なんて、ついこの間話していた元気良かったMさんが、このところ見えません。
体調を崩して、入院されたそうです。
そんなこともあって、今日の氷雨は淋しい雨です。
    立冬の雨
秋空隠す 雨の雲
今日は立冬 冷え冷えと
庭の柿の葉 チラチラと
散りゆく定め 寂しそう

柿の朱色が 空に映え
秋空望む 我が心
時の流れに 感謝をすれば
晴れ間いつか きっと来る

悲しい想い 抱くとも
苦しい心 抱くとも
何時か必ず 笑顔になって
網代の浜の 空あおぐ           

初冬の雨は 寒くとも
明日の光を 放とうと
雲の上では お日様が
次の出番を 待っている     
                                 *網代の浜・・・当町の浜辺の名前です

明日も雨だそうです。
でも、気温が上がって暖かくなるそうです。

9月3日(水)晴れ
♪上弦の月だったけ 久し振りだね 月見るなんて~♪
来週は仲秋の名月がひかえています。
今夜は月が輝いています。
上弦の月?かも。
上弦の月は別名「弓張月(ゆみはりづき)」「片割月(かたわれづき)」でしたっけ?
遠い昔に、古典で勉強したことを思い出しながら見ています。
「上弦の月」と言えば、団塊の世代は吉田拓郎さんの「旅の宿」です。
「♪上弦の月だったけ 久し振りだね 月見るなんて~♪」
懐かしいです。
ユーチューブで聴いています。
  旅の宿
作詞:岡本おさみ
作曲:吉田拓郎
浴衣のきみは尾花の簪
熱燗徳利の首つまんで
もういっぱいいかがなんて
みょうに色っぽいね
ぼくはぼくで趺坐をかいて
きみの頬と耳はまっかっか
ああ風流だなんて
ひとつ俳句でもひねって
部屋の灯をすっかり消して
風呂あがりの髪いい香り
上弦の月だったっけ
ひさしぶりだね
月みるなんて
ぼくはすっかり酔っちまって
きみの膝枕にうっとり
もう飲みすぎちまって
きみを抱く気にもなれないみたい
 
詩も曲もいいですねえー。
あれ、作詞は吉田拓郎さんじゃなかったんですねえー。
 

   7月20日(日)曇り
  飽きないって、最高の愛情表現じゃない?
    そのポロシャツは、もはや、ビンテージだ
もう捨てたら、と、妻がいう。
「もったいない」が口癖の、彼女なのに。
 
20代の頃に、
初めての海外出張で買ったもの。
 
ただの思い出、なんかじゃない。
この良さが、わからないのかなあ。
 
飽きないって、最高の愛情表現じゃない?
妻のつくる「和風ハンバーグ」も「筑前煮」も
どんなに食べても、食べ飽きない
 
着飽きない。食べ飽きない。
そして、住み飽きない、家もそうだな。
 
昔は、海外出張も楽しみだったけど。
いまは、帰り道にほっとするんだ。
・・・・後略・・・
 
ホンワカし、心に染み入る詩に出会いました。
古くなってもどうしても捨てられない、思い出の品って、ありますねえ。
初めての海外、イタリア買ったシューズをずっと捨てられずに使っていました。
何と、20数年履きました。
不思議と靴底も減らず丈夫でした。
そんな思い出の靴でしたが「断捨離」とばかり、思い切って処分しました。
「断捨離」の一方で「ただの思い出、なんかじゃない」古い物があります。
わが家も「もったいない」が口癖の彼女が「もう捨てたら」と時々言います。
でも処分できないでいます。
「飽きないって、最高の愛情表現じゃない?」
そうですねえ、真実ですねえ。
そう、お気づきでしょう。
この詩「家に帰れば、積水ハウス」のCMシリーズ最近版です。
「家に帰れば、積水ハウス」のCMシリーズ毎回ジーンと来ます。
いったい誰が書くんでしょうかねえ?
 
 

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